自分は生来的に「飽き性」だと思います。
「飽き性」とは、物事や活動に対して、短期間で興味や集中力を失ってしまいやすい性格を指しますが、まさに自分はこれに当てはまります。
なので、子供のころから、スポーツやその他の習い事など何をしても、長続きしたことがありませんでした。
子供のころには、少年野球が盛んだったので、周りの子供たちはこぞって少年野球チームに入りましたが、自分は誘われても入りませんでした。たまにやるのはいいけれども、チームに入ってずっと続けるのは無理だと無意識に感じていたのかもしれません。
そろばん塾には、仲の良い子も通っていたので、自分も通わせてもらいましたが、半年ももちませんでした。
その後、中学生になっても、クラブ活動などは長続きせず、二つのクラブに入ってみましたが、いずれも半年ももたずにやめてしまいました。
年齢を重ねるにつれて、少しずつですが我慢するということも覚え、高校時代にはサッカー部に入り、これは続けることができました。
自分では、続けられた一番の理由は、高校に入ってから始めたうえになかなか上手くならず、とても悔しかったからだと思います。
自分には負けず嫌いなところがあるので、ここではその負けず嫌いなところが、「飽き性」を上回ったのだと思います。

このように生来的に「飽き性」なので、一つのことを続けるには、それなりの「工夫」が必要でした。
毎回、サッカーのときのように負けず嫌いなところが上回れば良いのですが、意図的にそれを作り出すのは難しいので、自分なりに「工夫」をしました。
まずは、自分からやろうと決めたことでないと続けられないと考え、自分の意思で決めたことをやることにしました。
また、休み休みであっても続けるということをしました。少し飽きてきたら、いったん中断し、また時間を置いてやってみるということを繰り返すことで、完全に飽きてやめてしまうということを避けることができるようになりました。
さらに、できればやり方も自分で考えて決め、そのやり方を段階や状況に応じて変えることで飽きるのを避けることも覚えました。
これらの「工夫」によって、資格試験の勉強も乗り切ることができました。
自分で合格しようと決め、休み休み続けました。
また、勉強のやり方も自分で決め、これを段階や状況に応じて変えました。
これらの「工夫」は、仕事を続けるうえでも使いました。
はじめに就いた仕事と転職してから独立するまでの仕事では、運良く、負けず嫌いなところが「飽き性」を上回ってくれたので、仕事がまともにできなくて悔しい、早く一人前になりたいという思いだけで続けることができました。
そして、独立して仕事をするようになってからは、「工夫」をフル活用しました。
どのような仕事を、どのようにするのかは基本的に自分で決めました。
そして、仕事の内容ややり方、仕事をするための仕組みなどを数年ごとに変えていきました。
その結果、「飽き性」な自分でも、四半世紀以上仕事を続けることができました。
リタイアしてからも、「飽き性」なのは変わらないので、定期的に新しいことに挑戦していますが、それに加えて「工夫」を活用することで、これまでにやってきたことや同じことでもある程度続けることができています。
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